瀬戸農業高校
花澤 茂
最近、国内のブドウは増殖に伴う供給過剰の懸念がとり沙汰されているが、欧米のブドウ生産国の生産や消費と比べると懸隔の相違があり、今後も消費拡大の余地は十分あると筆者は述べる。そしてそのための品種選択や農家の経営・品種特性を考慮した品種構成、さらには出荷形態の方向を探ると・・・・・・
10年ほど前、下村鴻一郎氏に「東ヨーロッパのブドウ農家の栽培品種は、親子の性格が違うと担当する品種も性格に応じて異なるようだ」とうかがった。それは経済成長のテンポが緩やかなせいか、あるいは深い人生哲学に裏打ちされているためか、とかく消費者を忘れ経済性の追求に終始しすぎる日本と違い、りっぱなブドウを作ることが人生の仕事であり、喜びであるとする姿勢を感じたものである。
当時の日本は、自立農家の育成をめざした構造改善事業を中心に、企業的農業経営の確立が叫ばれていた。各県は他県の動向を警戒しつつ、主産地形成、栽培技術、販売方法、品種問題などについて対応を進めていた。
近年、ブドウは好況と米転で作付面積が増え、現在約3万ha、30万トンの生産がある。しかし、表1のように、欧米に比較すると懸隔の相違があるものの、すでに生産過剰気味であると心配され、米転の助成対象作目からははずされた。
欧米とは食生活、他の競合果物、気候、国民性などの違いがあろうが、日本でももっと安定した消費を伸ばす工夫はできないだろうか。
この問題は生産者側の工夫も必要であるが、ブドウの終着点が消費者のサイフにゆだねられているとすれば、消費に対する啓蒙活動、販売対策を再検討する必要もあろう。そして広く国民的な理解とバックアップを得る必要がある。
こうした観点も考慮しながら、未熟ではあるが私見を述べてみたい。筆者は目下11aの簡易ハウスに、180余品種を試作し、特性の研究を続けている。
品種選択上の諸問題
今日、当地のブドウ栽培で問題となっていることは、
などであろうか。また、現在の主要品種のもつ問題点は次のようである。
以上、こうした問題点から、品種構成を考えるに当たり、消費、流通、生産のそれぞれの場における問題点を通して検討してみると次のことが考えられる。
(1) 消費者を通してみられる問題点
@ うまい高級品種の消費が増え、それが大衆化されつつあること
かつての大量に安くという時代は去り、当時の主要品種であったキャンベル、甲州は消費も価格も伸びず、代わって高価でもネオ・マス、ヒロ・ハン、ピオーネなどうまい高級品種群の人気が高い。今後もうまくて美しい高級種の伸びが期待される。
A 外観の優美さが重視される傾向
うまいことは必須条件であるが、高級化に伴い次第に外観の美しさに対する要求が強くなった。特に贈答用では見ばえを重視し外装にもこだわる。こうしたことから真の味を、外観を離れて見抜く力が欠けていくように思われる。「曲がったキュウリもきざんで食べれば・・・」のように1粒づつの持つ真価が理解されるならば、バラ房が見直され、うまいブドウ作りも容易になる。アレキも外観、見ばえに力を入れすぎるあまり、真価が発揮されにくい。
B 生活と果物消費がまだ密着していない
日常食生活のうえで、欧米のように食卓上の必需品となりきっていない。消費量は増えてはいるが、いまだ計画的消費の対象としてよりも、衝動的な消費性が強いと思われる。また、買う際の微妙な見ばえ競争意識が季節はずれの促成、抑制に、あるいは贈答果物にみられ、まずいブドウに金をかけすぎ、その後の安定的な消費の伸びを妨げている。施設化指向の当地では、希少ブドウの高価なことが、有利な作型探求・進歩に役立っているが、本質的には逆行することで喜ぶわけにはゆかない。
日常生活に密着した消費の拡大をはかるためには、うまくて作りやすい品種群の探求と生産が必要である。
C 食べやすさを好む傾向
小粒種より大粒種を、種ありより種なしを、そして皮離れ、核離れの容易なものなど、食べやすいものへと人気が移っている。今後は種なしで皮ごと食べられるものへと移るのではないだろうか。ヒロ・ハンは美しくうまいが、はく皮難のためネオ・マスを好む者も多い。ブロンクシードレスは、裂果防止に成功すれば有望と思われる。
(2) 流通面を通してみられる問題点
@ 流通関係機関での取り扱いの合理化と品種数
第一品種の大量・連続出荷は、市場運営の合理化、産地信用に基づく消費の拡大、産地間競争の有利な展開、集団産地の育成発展、生産の合理化と技術の深化などに大きな役割を果たしてきた。
しかし、今後の消費傾向に沿った消費拡大を考えるならば、品種の多様化は合理化の原則に逆行しても避けて通るわけにゆくまい。日本の果物は種類は豊富であるが、1種類の同一出荷期では、リンゴ以外は品種数が少なく消費者も啓発されていない。ブドウは類例がないほど品種は豊富で研究の余地が多い。なかにはアレキのような超高級品種が、多様な作型で有利に栽培されるものは、単一品種専作が有利と思われるものもある。
A 出荷容器の小型化に伴う出荷経費の増大
前進出荷や高級品種群が増えるにしたがい、販売面で高級化へのイメージアップと果実の取り扱い管理などから、大箱が次第に小型化し、しかも化粧箱になってきた。そのため、ブドウ1kg当たりの出荷諸経費は著しく増大している。資材費など出荷諸経費の高騰は重大な障害である。
B 小売のパック詰、トレー詰の普及
かつてはブドウもリンゴ、カキのようにバラ売りが一般的であった。しかし、非衛生的で日持ちが劣り、お客による品傷みも多かった。近年は、衛生的で鮮度保持や品の傷みによる商品価値の低下防止、販売コストの低減など商品管理の合理化促進の立場から、パック詰、トレー詰が増えている。容量、価格が明示されていて長所も多い。
しかし消費者にとって、ブドウの変化に富んだ果形、色、香りなど選ぶ楽しみは減少し、パックの容量、金額か鮮度か単純な選択しかない。この場合、購買意欲を喚起して消費を生活にとけこませるという観点からは、プラスになるかは疑わしい。トレー内の不良果発生の場合の処理、トレーの並べ方にも留意したい。
C 消費の拡大とPOP(説明書き)の工夫
ブドウは品種数が多く、果形、色、香り、食味など変化に富んでいる。加えて作型が多いが、その特性を販売面に生かした工夫が少ない。大型店では販売位置、並べ方に工夫があるが、青果物グループの域を出ず、種類の豊富な野菜売り場のムードに押されやすい。ブドウはそうしたなかで、まず取り扱い品種の数が少ない、ついで陳列の仕方、箱、カゴの使い方に工夫を要する。
またPOPが単純で、品種の来歴、産地の紹介、果実の特徴、食べ方なども併せてPRする工夫の余地が大きい。ブドウは生活必需品とはいえ酒、タバコと違い多分にその場のムードに左右されるから、若者向けファッション店なみの販売工夫が必要と思われる。また、産地もそうした販売に足る品種の多様化に取り組む必要もあろう。
D 外国産との競合
干果や原汁が醸造種に圧迫を加えているが、さらに生果が端境期に少量ながら輸入されている。円高が進む今日、ますます脅威となろう。超促成や抑制物など生産費の高いものは今後の動きが心配され、産地、品種が限定されてくると思われる。台湾産の動きに注意を要する。
(3) 生産者に見られる問題点
@ 土地柄に適した品種選択
国民性のためか、新品種などの導入では北も南も畑地帯も水田地帯も画一的な面が強い。適応性の広い品種も多いが、それぞれの産地における環境条件が、生産費や収量・品質に及ぼす影響は大きい。熱期のズレを生かす利点もあるが、コストや品質の微妙な差は検討不十分な面がうかがわれ、産地間での競合防止に役立っていない。作型の多様化でも同じことがいえそうである。
この微妙な差を生かした各産地の特定銘柄的品種の選定を考え、併せて、産地別による品種の多様化で消費の拡大に取り組めないだろうか。
A 新品種への関心
日本人の好みに合わせての品種改良のテンポが早い今日では、情報収集や試作は常に注意を要する。立ち遅れた産地の打撃は大きい。一般に新品種の導入については一部の個人を除くと保守的で、優秀性がかなり実証されないと踏み切れない。組織の強い産地や大きな古い産地は現状が安定しているためか遅れやすいようである。
B 労力の調節と品種選択
高級施設化、作型分化、新品種導入、規模拡大などが進んでいるが、反面労力不足による管理不良が目立ち、良品生産と直結できていない。個々の経営における品種の多様化で労力分散がはかれるのは収穫期が主で、発芽以降の諸管理は重複することが多い。
そのため、生育初期に集約的管理を要する品種は、作型を分散させるか、粗放に耐える品種を組み合わせて調節する必要がある。中・小産地では、量のまとまりを考えた場合品種の多様化より作型分散が好ましい。しかし、作型分化は施設化に資本を要する場合が多く、技術水準に合わせた作型分化、品種分散が適当と思われる。
C 収益性と品種
生産費は毎年高騰し、収益性は逆に低下ぎみである。その対策には品種や作型の選択が必要である(表2・3、図1)。出荷期が4月下旬の出始めから6月中旬頃までは、品種による価格差がきわめて大きい。以降、出荷量が増えるとその差が小さくなり、目下は旧盆の8月13日前までに出せば、いずれの品種も有利というのが定説となっている。
単価が高くても、作りにくくて燃料費、資材費、労力を多く要する品種(アレキ、ヒロ・ハン、ネオ・マス、巨峰群)と、安くても作りやすく生産費の安いもの(キャンベル、セネカ、アゼンス、高尾)などもある。
表3のようにキャンベルは、普通栽培では採算が合わないが、前進栽培では同時期に出る他品種に比較するとかなり高収益となる。簡単に作れ広い面積もこなせるため、この点では評価される力がある。盆以降は強健で作りやすく、豊産で品質が安定し秀品歩合の高い品種が有利で、特に樹上での日持ちがよい品種は出荷調整に適し、井原市のベリーAは10月出荷で高い実績を上げている。
D 施設化と品種
温室、ハウスなど施設の拡大による競争は、新たに次の競争を生み、過剰投資、前進化によるコスト高、早採りによる品質の劣化、輸入ブドウの存在などから高収益時代は終わりつつあるのではないだろうか。
今後は施設栽培の目標を、農薬の少ない美しくてうまいブドウ作りに置き、それに適した作り方、品種の選択を考えるべきではないだろうか。
E その他
裂果しないオリンピア、簡単に作れ品質差の少ないアレキ、花振いや脱粒のない巨峰群、甲斐路、紅富士群の早生、はく皮・着色容易なヒロ・ハンなど、日常の技術的な方途で求めにくい問題が新品種育成に託されている。育種が民間主導の現状では解決は容易ではない。
以上、3分野からの問題点を指摘したが、問題の捉え方については、筆者のうがちすぎもあろうかと思うが、総合的な対策案としての品種構成を次のように考えている。
( (4)品種構成の一試案
施設向き品種
極早生品種で作りやすく燃料費削減を考える副品種群。リグナーは外観、ネオ・マス級は淡白、アゼンスは黒中房中粒で、甘くてうまい。
露地向き品種
普通栽培の熟期別に示した。ニューヨーク・マスカットは黒大房大粒で作りやすく食味上、キャンベルの代替。スチュウベンは黒中房中粒で甘くてうまい。M9号は外観がネオ・マスよりやや小型で食味はアレキ級。井川250号は赤色巨大粒でうまいが落葉が早い。甲斐路は晩生で濃赤色大房大粒で品質は極上、笛吹は鮮紅色大粒で甘いが、ときに渋味を生ずることがある。オパーレは緑黄色大房巨大粒で肉質硬く淡白、竜眼は極晩生で紫紅色で淡白大房大粒で珍しい。
その他推奨品種はいろいろ考えられるが、代替品種を導入するに当たっては、比較の視点を十分明らかにして検討すべきであると思う。
多多品種詰合わせ出荷
品種の詰合わせと適性品種の選択
ブドウは他の果物にない多くの特徴がある。目立つものをあげると、
@ | 房の大きさ | 特大1kg以上、大500g以上、中250g以上、小100gなど。 |
A | 粒の大きさ |
巨大9g以上、大6g以上、中3g以上、小3g以下など。 |
B | 粒形 | 円形、長円形、卵形、だ円形、長だ円形、三日月形、扇円形など。 |
C | 色彩 | 白色系(緑黄色、黄緑色、黄白色、黄色など)、黒色系(黒色、紫黒色、黒褐色、帯赤黒色など)、赤色系(淡紅色、鮮紅色、紫紅色、濃赤色、暗赤色など) |
D | その他 | 種子の有無、肉質の軟・中・硬、果皮の強さ、皮離れ、マスカット香、狐臭、日持ちの良否などがある。 |
これらは、商業加工食品以外の食品ではみられない商品的長所と思われる。この特徴は消費者にとって、ながめる楽しさ、買う楽しさ、食べる楽しさなどの夢をいだかせる。
1箱1品種詰めが原則であるが、赤、黒、白など数品種を詰合わせれば消費者に好まれる。栽培面の問題があるが、技術水準の高い産地で規模拡大困難な農家は、ブドウ栽培の行き詰まりの一打開策となろう。
これについて、現有品種を詰合わせるのもよいが、2kg箱へ4〜5品種、4〜5房詰めるならば贈答用としての需要も高い。
組み合わせの要点は、
@ | 色彩、粒形で特色を出す |
A | 粒の大きさを揃える(巨大粒は豪華で贈答用として最適) |
B | 日持ちのよいものを揃える |
などである。
一案を示せば
A案(4品種4房、8〜9月)
ピオーネ | 黒 | (巨峰、黒オリンピア) |
ヒロ・ハン | 赤 | (紅富士、紅アレキ) |
アレキ | 白 | (ネオ・マス) |
ピッテロ | 白 | ダルマッソーNo.6/4 |
ピオーネ黒(巨峰、黒オリンピア)
ヒロ・ハン赤(紅富士、紅アレキ)
アレキ白(ネオ・マス)
ピッテロ白(ダルマッソーNo.6/4)
B案(5品種5房、8月以前)
高尾 | 黒 |
太宝、高砂、NYマスカット |
種なしベリーA | ||
ネオ・マス | 白 | ダルマッソーNo.6/3 |
アフスアリ | ||
チャラス | 赤 | カージナル、グザルカラー |
などである。
現在栽培されているうちでは、アレキ、紅アレキ、ヒロ・ハン、ネオ・マス、ピオーネ、ベリーAが適当と考えている。
浅学を省ず、研究の一端を紹介させていただいた。今後の研究を進めるに当たり、諸賢のご叱声、ご指導を賜れば幸いである。
(瀬戸農業高校=岡山県赤磐郡瀬戸町下274-6)